変わることについての個人的体験
2019年4月12日

最初に、自分の職業人生を振り返ってみたいと思います。

大学に入った頃から、将来は新聞社に勤めたいと思っていました。成りたい仕事は、新聞記者です。今でも、「私の前職は、新聞社に勤めていたんです」と人に話すと、相手の方は「伊藤さんは新聞記者だったのだ」と思い込むことがほとんどですが、それは無理からぬことかもしれません。新聞社に入って初めから、「自分は広告を取る営業をしたいんです」とか、「新聞社の人事をやりたいです」とかいう人はほぼいないでしょうから。例えば、広告の仕事をしたいのなら、たいていの人が最初から広告代理店に行っているはずです。

しかし私の場合、期待して新聞社に入ってみたものの、やりたい仕事、つまり新聞社の花形である記者の仕事には就けませんでした。一方で、広告代理店に新聞社の名刺をもって、“広告のお願い“をする日々がはじまりました。今から思えば、最初に夢が消え去るとともに、記者になれなかったという思いを抱えながら会社員生活が始まったわけです。

これは、営業研修などでよく話しているのですが、最初は ”営業という仕事” が嫌で仕方ありませんでした。その頃は、別の新聞社に記者として転職することばかり考えていました。

そうした状態が、新入社員として入社してから、2.3年くらいは続いていたかと思います。

 

そんな感じで社会人生活をスタートさせたわけですが、上司・先輩や仲間に恵まれたおかげで会社での仕事は、すぐに楽しくなりました。会社では、先輩や歳の近い同僚と飲み会や旅行といった楽しいイベントがたくさんありました。とても風通しのいい会社だったと思います。

一方で、仕事内容については、どちらかと言えば緩いの状態で日々を過ごしていました。

営業職であったので担当分野を持ち、予算も自分で立てて行動していました。月に一度の営業会議では、予算を達成できたのかどうか、できなかったのならその理由はなにか・・・といったことを問われていました。けれど、そういうことを真剣に、突き詰めてやっている会社と比べると、「ごっこ」と言われても仕方ないくらい緩い会議だったのだろうと思います。しかし、他の会社のことなど知る由もなかった私はそれが普通なのだとずっと思っていました。つまり、それが「当たり前の風景」だったわけです。

しかし、そういった緩い経営を長年続けていた会社は、その後、経営危機に陥りました。

その結果、一生サラリーマンとして働くことしか考えていなかった私は、「それまでとは違う人生の歩み方を見つけなければいけない」と、真剣に考えるようになりました。

そうして、今の私があります。

今の私は、経営コンサルタントとしての仕事に誇りとやりがいを持ち、日々主体的に行動しながら、毎日を楽しんでいます。そして顧客の皆さんをはじめとする社会全体に対して、職業人として自分なりの貢献ができていると、心から思っています。前職の会社でサラリーマンを続けていたら、こんな私になれなかったのだろうと確信しています。

勤めていた会社の経営が危うくなったときは、とても不安な日々を過ごしたものでした。

けれど、私の場合、そのおかげ、つまり環境変化のおかげで変わることができました。そして、変わることができて本当に良かったと思っています。

伊藤康雄氏の写真

伊藤 康雄

Yasuo Ito
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