「きょうだい」の不思議さ、奥深さ
2019年9月5日

 19世紀ロシアの文豪、ドストエフスキーの代表作に「カラマーゾフの兄弟」という作品があります。長大で重厚な小説で、宗教、哲学、社会問題など多くのテーマを盛り込んでおり、学生時代に習った哲学科の先生によると、「10年に一度は読み返さないといけない小説」だそうです。登場人物はタイトルの通り、カラマーゾフという家の三兄弟が出てきます。長男のドミートリーは父の影響を受け、俗っぽく直情的な人物、次男のイワンは無神論者で理知的、三男のアレクセイは信仰熱心で牧師志望の心優しい人物です。ここにカラマーゾフ家の使用人で癖の強い性格のスメルジャコフがからみ、また好色で強欲な父と兄弟との関係も時に事件を引き起こし、複雑なストーリー展開が進みます。その中でも特に、次男のイワンが神についての理論を開陳する「大審問官」のくだりは、それだけで一つの論文となるような圧巻の描写です。
 文学的な話とは別に、私が印象に残っているのは兄弟各人の性格描写です。長男は神経質だが俗っぽくて凡庸、次男はそんな長男を見て育ったためかクールで理知的、三男(末っ子)は両親からの愛情をより強く受けて優しく甘え上手、という人物描写は、19世紀のロシアだけでなく、現代の日本でも当てはまるように思います(もちろん、すべてではありません)。何を隠そう、私自身がそのパターンです。私は長男で、まあおとなしくて凡人、次男(弟)は空気を読むのがうまく、頭の回転が速い、末っ子(妹)は優しくて喧嘩はしない性格です。それぞれ大人になった今も、この傾向は変わっていません。
 さて、ここから経営の話ですが、いろいろな企業を訪問し、お話を聴いていると、きょうだい(兄弟姉妹)で経営に携わっているケースがかなりあります。その関係もさまざまで、職人気質で製造現場に張り付く兄とコミュニケーションが得意で営業担当の弟、のんびりした社長の兄と危機感の強い専務の妹、兄と末っ子が経営に関わり、次男は税理士として社外から会社を支える、といった具合です。これらはお互いの関係がうまくいっている例ですが、その独特の距離感があるために、離れるに離れられない、一旦ケンカをすると修復が難しいなど、厄介な面もあります。また各人に配偶者ができた場合は、そちらの意見に左右されることもしばしばで、例えば自社株をきょうだいで分割して所有する場合、お互いの仲が悪いために事業承継やM&Aの段になって統合できず、困っている会社もあります。そもそも長男・長女が会社を承継するとも限りません。
 しかし適度な距離感や役割分担の下で、お互いの歯車がうまくかみ合えば、これほど力強い味方はいません。「きょうだい」はある意味運命づけられた、不思議で奥深い関係です。考えてみれば、人生で初めて出会う「組織」とも言えるでしょう。経営者の「きょうだい問題」に関しては、「ファミリービジネス」という枠組みで一部研究が進んでいますが、組み合わせの複雑さも相まって、単純な答えは出せません。リーダーシップ、組織上の役割分担、経営への参画のタイミング、ライフサイクル、事業承継など、多面的な考察が求められます。また、心理的分析など、人間そのものについての深く本質的な視点も必要です。そう考えていくと、企業経営もなんと人間くさい営みなのかと、改めて思い知らされます。企業のみならず、社会全体にとっても「きょうだい」の視点は重要であり、私も今後、興味を持って理解を深めたいと考えています。

加藤 慎祐

Shinsuke Kato