組織の成長に必要な「知の引き出し」について
2021年9月22日

会社が成長するためには、事業の発展に伴って組織自身も成長していく必要があります。組織の成長とは、もちろん人数や役職の増加もありますが、その本質は組織内部に仕事の知識やスキルを蓄積し、外部環境に対応できるようになることにあります。組織と個人が機能する仕組みが変化し、よりよく機能するようになることを「組織学習」と呼びます。ここで言う「変化」とは、結果として表に現れる行動や業績だけではなく、メンバー個々人の物事のとらえ方や考え方にも当てはまります。

 

組織学習の流れは、大きく分けて下記3つのプロセスがあります。
 ①知の探索:組織として必要な知識やスキルを探すために行動する段階です。
 ②知の獲得:新たな知識やスキルを取得する段階です。これは自らの行動による経験だけでなく、他社との提携や取引などから得る場合もあります。
 ③知の記憶:新しく得られた知識やスキルは、組織内に記憶され定着される必要があります。これには「知の保存」と「知の引き出し」の2つのプロセスがあります。

 

組織学習においては、特に③の「知の記憶」が重要です。「知の保存」は、組織のメンバー個々人の頭の中の記憶、モノ・ツール(書類やIT)への記憶、独自の行動習慣や決まり事(標準化された手続き)の形をとります。この点に関しては、歴史的に様々な技術や方法論が検討され、発達してきましたが、最近になって注目されているのは、こうして蓄積した知識やノウハウをどのように引き出すか、いわば「知の引き出し」の重要性です。「知の引き出し」には下記二段階の考え方があります。

 

「シェアードメンタルモデル(SMM)」
このモデルは、組織のメンバーの間で、仕事に関する知識やノウハウ、とらえ方がどのくらい揃っているか、に着目します。これがメンバー間で揃っているほど「SMMが高い」といえます。
SMMは「タスクSMM」(組織の仕事や、組織が持つ技術・設備等に関する認識)と、「チームSMM」(メンバー同士の役割分担や属性等に関する認識)があります。わかりやすく表現するならば、「業務に関して、各メンバーがどれだけ同じレベルの知識やノウハウ、とらえ方を持っているか」がタスクSMMで、「だれがどの仕事を受け持っているのか、この仕事は誰が得意なのか」をお互いに知っている度合いがチームSMMに当たります。米国の研究によると、タスクSMMとチームSMMの両方が高い組織ほど高い成果を実現できるとされています。

 

「トランザクティブ・メモリー・システム(TMS)」
さて、組織が大きくなり、日常的に交流できる範囲を越えた人数になると、上記のSMMは実現しにくくなります。そのような大きな組織においては、各メンバーが、「他のメンバーの誰が何を知っているのか」、言い換えれば知識やノウハウが組織内にどのように「分布」しているか、を知っていること(whatではなくwho knows what)がカギになってきます。ここに注目した概念として「トランザクティブ・メモリー・システム(TMS)」があります。
知識やノウハウの共有化は確かに重要ですが、メンバー全員がすべての知識を同レベルで持っている必要はありませんし、不可能です。組織という分業体制の中で、TMSを高めること、つまり「記憶の分業」を図ることが有効になってきます。
TMSは「専門性(自分の仕事の知識を高めること)」と「正確性(誰がそれに詳しいかを正確に知ること)」が向上することで実現されます。そのためには「顔を突き合わせた(face to face)」の交流が最も効果があるとされます。これはつまり、日本企業が昔から文化として持っていたインフォーマルな交流(隣の部門との交流、タバコ室での雑談、飲み会などの社内行事への参加、等)がTMSを高めるのに役立っていたという訳です。組織が大きくなると、さらに「『誰が何を知っているか』に詳しい人」(=“知のブローカー”)が必要になってきます。伸びている大企業などには、各部署に知り合いがいて、役職を越えて話ができるようなキーマンがいるものです。

 

現在はコロナウィルスの感染流行によって、このようなface to faceの交流は難しくなってしまいました。今後しばらくはこの状況が続くでしょう。一方で、オンライン上で何らかの交流機能を持つツールも提案されています。いずれにしても、我々人間の本質がこのようにリアルでの付き合いを前提にした認知機能を持った存在であることは、忘れてはならないと考えます。

加藤 慎祐

Shinsuke Kato